2017年の終戦記念日がやってまいりました。7113522373_ac1da25786_b

 

昨年も終戦記念日にあたって、という記事を書かせていただきました。
終戦記念日にあたって

1年前と比べると、今年は国際政治をめぐる環境の変化もあり、戦争の雰囲気が少し近くなったようにも感じます。どのようにすれば戦争が起こることを止められるのか。難しい問題だからこそ、考え続けたいと改めて感じています。

さて、「親の雑誌」では、戦争を体験した方の話を多く聞いていますので、
そんな新しいお話をお聞きする中で今年、新たに思ったことがありました。

それは終戦日のイメージについてです。

終戦日は8月15日。日本列島はおおむね晴れで、訪問したお客様も、皆様

「暑い夏の日に、玉音放送を聞きました」とおっしゃっています。

 

余談ですが玉音放送については、かなり多くの方が「何を言っているのか分からなかった」とおっしゃりつつ、ほぼすべての場所で戦争が終わったことが即時に理解されており、ここには何か情報伝達の仕組み、あるいは事前の根回しがあった気がしていて、興味深いと感じています。

この点はまた時間をかけて探っていきたいところです。

 

話を戻しまして、終戦のイメージについてです。そんなわけで、私の中で「終戦」と聞くと、

夏、晴れた空、入道雲、セミの声、そんなものを思い浮かべます。実際そういう方が多いのではないでしょうか。

またお盆の時期と重なることから、なんとはなしに、暑い夏と鎮魂、亡くなった方のことを想う、などが重なるようにも思います。

 

ところが、沖縄の方のお話を伺う機会があり、イメージが変わりました。

沖縄では1945年3月26日から6月23日まで、一般住民の方を巻き込んだ悲惨な沖縄戦が行われています。

沖縄にとっても終戦は8月15日であることは変わりありませんが、当時沖縄にいた方にとっては、6月いっぱいが最も過酷な時期であり、沖縄戦のイメージに重なるところだとのこと。

沖縄で6月といえば、梅雨です。つまり、沖縄で終戦というと、梅雨時の雨雲、雨が降りしきる中のイメージなのですね。

 

終戦日という言葉ひとつとっても、思い浮かべるものが入道雲と梅雨空と、全く異なる。

その時いた場所、置かれていた状況で、それだけイメージが違うものだ、という事。

 

そんな風に考えてみると、当時中国大陸や朝鮮半島、樺太にいらっしゃった方は、

8月15日は逃げている最中であったり、15日を過ぎても爆撃を受けた場所もあったのです。

 

まだまだ、戦争について知らないことが多いと思い知らされた次第です。

「親の雑誌」を通じて北海道から沖縄まで各地の、様々な環境で終戦を迎えられた方の
お話を聞き続け、いつかはそうした方々の声をまとめてみたいとも、考えています。